パイプ&フィルターの思い出

檜山正幸 (HIYAMA Masayuki)
Mon Jan 24 2005:start
Tue Jan 25 2005:prefinal

もう10年以上も昔のことになるが、僕はHP/UX(HP社のUnix系OS)のムック (雑誌形態だが書籍として流通する本)を作ったことがある(*注1)。 自分でも何本かの記事を書いたが、執筆者達と連絡を取りながら、あがってく る原稿に手を入れるのが僕の仕事だった。はじめて原稿を書く人が多かったか ら、そのまま使える原稿は少なかったのだ。そうやって、僕と 井上健語で本の形にしていった。

注1

ソフトバンクから、第1巻と第2巻の2冊を出した。なんて題名だったかなぁ? 思い出せない、現物もないし。引っ越しのたびに物がなくなるので、昔の本/ 雑誌は自分が関わったものでも紛失している。ソフトバンクの雑誌『Oh! 16』 や『Oh! PC』には随分記事を書いたが、全然残ってない。自分で書いた記事は どうせクズだからいいのだけど、秋月康夫『調和積分論』、題名を忘れたけど 前原昭二著で培風館から出ていた数理論理学の教科書(白いカバーで、カバー をはぐとオレンジだったと記憶している)、中島玲二『数理情報学入門』、竹 内外史『層・圏・トポス』など、割とよく読んだ本まで紛失するってのは、ど ういうこと?

このムックの巻頭言を、当時会津大学学長だった國井利泰先生(*注2)に書 いていただくことになった。FAXで送らて来た原案メモをもとに僕が電話でイ ンタビューして第一稿を起こした。それをもう一度國井先生に確認・修正して いただいてムックに載せた。

注2

國井先生は、HP/UXユーザー会の会長であり、HPの顧問のような立場でもあっ たと思う(記憶が曖昧だが)。奥様の國井秀子さんも有名な研究者であり、当 時からリコーの研究所長であった(現在も所長であり、ソフトウェア研究開発 本部長)。

この電話インタビューのとき僕は、半分は個人的な好奇心から、「ところで、 Unixのもっとも重要な技術的アイディアは何ですか?」と質問を発した。「そ れは、パイプ&フィルターです」とのお答えが返ってきて、僕は“してやった り”と思った -- と、こういう言い方は失礼かもしれないが、期待通りの答え だったので、とてもうれしい気分になった、ってことだ。

そういえばかつて、Unixユーザー向けの雑誌(英文)で"Pipe and Filter"て のがあったように思う。実は読んだことはないし、現物をみたことさえない。 が、今でもその名を憶えているのは、"Pipe and Filter"というタイトルがい かにもな名前だったからだ。

なんで僕が、パイプ&フィルターをそんなに気に入ってしまったかはよくはわ からない。だがともかく、ことあるごとにしきりに感心していた。「感心して いた」よりは「感動していた」のほうが(陳腐な言い方だが)事実に近いかも しれない。そしてときに、感動よりむしろ敗北感や妬みの感情だったかもしれ ない。卓越したアイディアに打ちのめされる経験は、そこから這い上がれる余 力があるうちなら、一度や二度は(いや、百度でも)してもいいだろう。

「Janus(ヤヌス)の紹介 -- stdin/stdoutからの入門」 の冒頭で、「Janusは、Unix流のパイプ&フィルターの直接の拡張になってい る」とか「パイプ&フィルターは、僕がJanusを考えた動機(因縁というべき か)でもあるし、指導原理であり続けたし、精神的な支えでさえあった」と書 いた。とてつもなく素晴らしい発想に思えたパイプ&フィルターが見捨てられ てしまうのは、僕には耐え難い事態だ。それに、「使って天国、作って天国」 というアノ環境が再現すれば、誰にとってもありがたいはずだ。これらのこと は、実際、Janus構想の背景なのだ。それからもうひとつ、おそらく今でも、 僕には“妬みの感情”が残っていて、パイプ&フィルターの発想に沿いながら もそれを越えた仕掛けを模索しているのだろう。